2018年7月19日木曜日

90歳という閾値


95歳まで生きるのは幸せですか? (PHP新書)」:瀬戸内寂聴、池上彰を読んでいる。この本は主題は対談ではあるが、その他は瀬戸内氏が主につづったエッセー集のようなもの。氏の小説は若い頃に不道徳?と切り捨て、ご無沙汰でしてしまっているが、又読み直しても良いかなとも思っている。で、主題の幸せはどうかの答えとして、瀬戸内氏はNOと言っている。氏曰く85歳が境かとも。以前、健康寿命(70歳前後)と絶対寿命(85歳前後)には20歳近いギャップがあると、このブログでも紹介したが、絶対寿命近くでも何らかの閾値があるのかもしれない。一昨年の近親者も亡くなったのは91歳で大往生の部類に入るだろうが、逢うと何時も生きるのが辛そうだった記憶が強い。周囲の為に生きている。そんな使命感さえ感じたものだ。さて、本題はそうであっても、物知りの池上氏と人生の達人(離婚、大恋愛の後に出家、大のボランテイア)の瀬戸内氏の対談なので、色々なQ&Aに走る。特に面白かったのは、出家して真の小説家になった事、恋愛とは完全に縁が切れたことの記述だ。全て、仏様のお陰とか。一応、章を並べてみると、1)歳をとってわかったこと、3)長生きは幸せですか?4)男たちは何故、恋や革命もしなくなったのか?5)子どもは何故自ら命を絶つの?6)老い方のレッスンを始めませんか?だ。5章の自殺編では、自殺も自らを殺す事だからダメだと諭す。なるほどである。自分も他人と同じで、殺す権利なんかあるはずがない。この辺は明治維新で仏教の力を完全に抹殺した影響だと、瀬戸内氏は指摘する。最後の6章も圧巻だ。老いるという事は何か?人はなぜ生まれて?死んでゆくのか?死すべきものが何故生まれて来たのか?の三大テーマが仏教が生まれた発端であるとし、老いや死を意識した時こそ、宗教や哲学を学ぶ必要があると。その意味からすると、未だ私はその認識が足りないのかも。最後に池上氏が総括する、自力で勝ち取った命ではないのだから、お返しするのは当然という、一節は死を決して怖がることなく受け入れる一番の考え方かもしれない。さて、皆さんは如何だろうか?

2018年7月18日水曜日

揚げ足を取るマスゴミとは?


「大放言」:百田直樹氏を読んでいる。これは言わば、ネット上あるいはテレビ等で氏の過激?な発言が齎した、炎上した事件の裏記事であるが、中々面白い。どうしても黙って居られない大阪出身の放送作家(氏曰く、自分は2流作家で放言故に小説の売上も頭打ちと嘆いては居るが)の言い訳語録でもある。但し、過去の歴史を捏造した、あるいは曲解した韓国慰安婦問題や、沖縄基地問題は、もっと正しい認識を持つべきだろうと再認識した次第。まあ、最近は氏の露出度が現政権に好まれて?色々な書籍が出版されるので、ちゃんと言いたい事の筋は通っていると考えていたので、驚きは少ない。むしろ、朝鮮併合時代の本質(日本がかなりのインフラや教育整備を行った)や沖縄基地の本質(基地ゆえに経済的に潤っている現状、土地所有権の好い加減さ)等はもっと訴えても良い皆が知らない(知らされていない)過去の歴史として、語り継ぐ必要があるように思える。氏が売れたナンボの小説家なのに、放言と炎上で売上が伸びない事に愚痴すると同様に、営利報道が主の日本ゆえの読者やスポンサー(政府や企業やクレーム団体)に甘々の記事になるのは、日本固有のマスコミの在り方として、別な意味で論じられるべき事項だろう。以前、池上彰氏と論客の佐藤優氏が新聞は数社取り、更に地方紙を重んじていると論じあっている書籍を紹介してことがあるが、それ以上に、地元で売れてナンボの地方紙の在り方については、そのスクーリング方法に留意が必要なのだと思うのだ。氏は同じ関西の大学出身で、且つ世代も近いことより、この本で猶更親近感を抱いたのは正解かも。兎角、関西は関東に反感があるし、反骨もある。このまま、従来のマスゴミに負けず、正論をしっかりと述べ続けて欲しいと思う。ちなみに、冒頭でブローグ大流行りで結局は日々雑多なほぼ無意味な文章を世界中にばら撒いているのが日本人との指摘は耳が痛い。多くの書籍を通じて見識を高め、自分なりに解釈した文を伝え続けたいと思っている。

2018年7月17日火曜日

さしすせその極意


「さしすせその女たち」:椰月美智子氏を読んだ。準キャリアの女性がヒロインで、夫にはまあ普通の夫と一難一女の幼い子供をもつ家庭の話だ。周囲には似て非なる家族が設定され、ひとつにはキャリアバリバリだが、離婚してシングルマザーに苦労する友人家庭。もう片方には、優しく純朴な夫をそれ以上に上手くコントロール出来ている友人家庭。その後者の友人曰く、夫は「さしすせそ」で上手に使えと。流石、知らなかった、素敵、センスが良い、そうなんだ、だそうだ。尤も、ヒロインは夫に対して、不満を沢山溜めていて、それどころではないと言う所がミソで、又、この上手に夫婦生活をこなしてきた後者の家庭は結局は妻の過去の不倫が許されない夫の不寛容さで離婚となってしまう。不寛容さとは随分と女性寄りかもしれないが、夫の浮気が意外に許されてしまう日本社会に置いて、それは妥当な判断なのかもしれない。この話を早速、家人にしたら、男性版のさしすせそは無いのか?と来た。う~ん、同じ言葉を使っても構わない気もするが、直情型で且つ黒白をはっきり付けたがる家人には、こんな悠長な言葉は聞き流されてしまうだけにも思える。魔法のさしすせそは別として、それだけ男は働く母親の大変さを十分には理解せず、愛だ、コミュニケーションだのと迂回策を探ろうとするが、それも限界があるのだ。このヒロインも離婚を念頭にして、既に準備段階に入っている事が文中には暗に示されているのに、夫は結婚記念日用の指輪を用意するという悠長な態度であるからにして、既に破局への道筋が出来上がっているのだ。表紙を飾る写真は数名?のフチ子さんがグラスに乗っかかるものだ。微妙なバランスにいる、現代夫婦を暗示しているのかも。決して、他人事ではない。家事、育児はシェアの時代。女性専用のモノを考えていると、足元を掬われる時代だと、つくづく再認識した次第だ。

2018年7月16日月曜日

調査報道の岐路を探る


情報がこれだけ重要になり、且つ迅速に拡大・拡散する時代になったのは、まさにIT技術のお陰ではあるが、一方で情報の膨大さやその真偽性に関して色々な面で社会との不具合さも指摘され始めている。「NPOメディアが切り開くジャーナリズム 「パナマ文書」報道の真相」:立岩陽一郎氏を読んでいる。これはそうした流れの中で、ジャーナリスト達が国家や政治とは独立して、自ら責任を持つ調査報道の在り方について論じている。又、例の話題となったパナマ文書の続く、パラダイス文書も世界の千人を超えるジャーナリストが作り上げたもので、非営利報道の将来性を占うものかもしれないと氏は語る。とは言え、支援者が必要だ。時の権力者であったり既得権者ではいけない。尤も、「パナマ文書」にアタックしたのは、日本で言えば朝日新聞、共同通信そして、氏の所属していたNHKだから、日本では何となく左翼扱いされている報道母体でもある。現にNHKはこれをドキュメンタリーとしてテレビ報道し、私も観た覚えがあるからだ。但し、ジャーナリスト自体の身の危険は増す一方で、だからこそ、世界レベルで助け合うことが重要だと氏は語る。ここに特記すべき米国のジャーナリストが登場する。チャールズ・ルイス。東部デルウェア州出の元記者だ。色々な職歴の変遷をした後、辿り着いたのが非営利報道者としての人生だ。その報道は奇をてらうものではなく、公開されている文書を丁寧に読み下し、不正を暴くという方法だ。唯、粘り強く資料を探索する。それに尽きるのだ。考えれば、先日の日本での公的文書の書き換えが如何にナンセンスな行為であったかが分かるというものだ。又、対ジャーナリストへの気配りが肝要だ。自分達を調査機関と称し、決して記者とは名乗らなかった点も鋭い。

米国には彼が主幸したCPIや同じ趣をもつプロパブリカ、あるいは青少年問題に特化したユース・ツデイなどがあると言う。そして、これらを支える寄付制度。その額なんと30兆円。日本の国家財政の3割程度にも相当する高額だ。日本では知の集積場所であるべき大学にさえ、こうした寄付制度が不足し、今や交付金提供の政府の合理・営利主義に屈している有様が哀しい。そして、やはり米国では大学がこうした非営利報道機関を支える仕組みも出来つつあるようだ。最終章では遅ればせながら日本で始まった活動の紹介と未来について論じている。マスゴミを揶揄される現在の状況を私も良しとはしない。だが、そこに報道競争から協働主義というより、ジャーナリズムが強くなれる方法へ動き出すことの重要性を改めて、関係者は認知して欲しいと思った次第。

2018年7月15日日曜日

2018(平成30年).07.15書評

先週の評点:
「千葉いきもの図鑑」(〇):前田信二、「犠牲者120万人 祖国を中国に奪われたチベット人が語る 侵略に気づいていない日本人」(◎):ペマ・ギャルポ、「NPOメディアが切り開くジャーナリズム 「パナマ文書」報道の真相」(◎):立岩陽一郎、「d design travel CHIBA」(△)DEPARTMENT PROJECT、「くろちゃんとツマとわたし」(-):南伸坊 、「島のエアライン 上下」(△):黒木亮、「 堺屋太一著作集第16巻」(◎):堺屋太一。
今週のお題:
「大放言 (新潮新書)」:百田尚樹、「 95歳まで生きるのは幸せですか? (PHP新書)」:瀬戸内寂聴、池上彰、「日本人へ リーダー篇 (文春新書)」:塩野七生、「 日本人へ 国家と歴史篇 (文春新書)」:塩野七生、「千葉県いきものかんさつガイド―千葉県生物学会70周年記念」:千葉県生物学会、「さしすせその女たち」:椰月美智子、「真夜中の子供」:辻仁成。
近況:
治ったと思った腱鞘炎が又、悪化。利き腕だからやむ得ないのだが、又ぞろ庭いじりが悪影響。DIYで体力無ければ出来ないのだなあと、自虐的に構えている。一方、二年ぶりの人間ドッグの結果はまあまあ。胃や肝臓や肺に若干?問題あるが、来年又おいでというメッセージは有り難い?節酒、ストレスフリーが健康には良いに違いないが、そうも上手くはゆかない。新居周囲は若い夫婦が住み、やや忙しないし、一方古くからの住民が就寝時に垂れ流すテレビの音も気に掛かる。土地70坪の一軒家でもかくなる状況なので、都心のマンションはやはり遠慮したくなる。中々終の棲家の選定は難しい。とは言え、高校通学で楽している息子は感謝してくれているし、失業中の家人もストレスフリーで穏やかだ。遠く暮らす母親も口は未だ達者なので、まずは一周忌を無事乗り切る事かなとも思っている。
  

2018年7月14日土曜日

腰の据わった街探索


d design travel CHIBADEPARTMENT PROJECTを読んでいる。千葉県を解剖するみたいな本だ。何せ、取材陣は12か月千葉の隅々で寝泊まりし、土地らしさを徹底的に洗い出す作業に徹するからだ。対象は47都道府県すべてだから、半端ではない。単純なおらが愛する県の紹介でもないのだ。よって、家人の辛らつな感想に繋がる。面白くない!まあ、その通りだ。やや唯我独尊の感あり。しかも、地政学的な移動に拘っている。銚子から始まり、内房を制覇し、外房を回り、銚子に戻っているが、そんな必要性があったのかなかったのか?そして、デザインに拘り、デザインに固執するならば、食の文化論など不必要では?と思ってしまう。例えば、千葉定食。これって、何もポピュラーでないと思う。アジのなめろう(茨城県でも豊富)+イワシのつみれ汁(同左)+落花生(これは良しとしよう)+ひじき?未だ、県民歴が短い私だが、知らない名前が散見される。恋する豚研究所、PARADISE AIR、房総コーヒー、OMUSUBI不動産、西千葉工作所、寺田本家等。知ってるかあ?ちなみに暮らしたり住んだりした県の紹介があるので、注目すると、神奈川県では風呂敷?、静岡県では興津座漁荘?三重県ではoffice369写真館?京都ではWindy?岡山ではカキオコ?最後に茨城県でCOFFEE HOUSEとむとむ。これは知っている。行った事はないが。さて、本題の千葉取材に戻ると、昔の何も無かった砂地や海外べりの土地を開発した経緯も紹介されるが、それも文化探索なのか?どうも分からない。よって、添付されておるウェブサイトを閲覧。ここはどうもデザイン家具やキッチン、インテリアショップが母体のようだ。色々な地域からデザインが特徴的な商品を集め、転売するお店のようだ。ならば納得。好みも何となく理解出来る。やや無理強いな県内探索。はてさて、皆さんは如何お感じになったのか?

2018年7月13日金曜日

おかげさまの心を取り戻せるか?


「犠牲者120万人 祖国を中国に奪われたチベット人が語る 侵略に気づいていない日本人」:ペマ・ギャルポ氏を読んでいる。これは中国の覇権主義にのみ言及する書籍ではなく、氏を過去暖かく受け入れた日本人社会の変質も含め、氏が警鐘を鳴らす本だ。章は1)原風景「60年代の日本」、2)チベットの悲劇と日本、3)失われた日本の文化、言語、国家観、4)国際化の流れの中で国際感覚を失った日本人、5)チベット人が見た覇権国家・中国、6)歴史問題と日本の自己責任、7)大東亜会議の意義、8)日本の難民問題と憲法改正、9)おかげさまの復興へ、に分かれる。巻頭に旧?チベット領地が記載されているが、本来の漢民族の領地とほぼ同面積であったことが分かる。今、ここは1949年以降順次中国共産党に併合され、自治州もしくは自治区として存在するのみだ。これ以外に南モンゴル、満州、東トルキスタンも同じ運命だ。氏が指摘するようにチベットの侵略は結局は主の政治を担っていた僧侶たちの平和ボケと嫌キリスト教主義が相まって、中国軍に対して実に120万人という犠牲者をだしながらも侵略されてしまうのだ。こうした背景も含め、氏の日本に対する批判は滅びてしまったチベットの歴史と相まって、金権主義と平和ボケを中心に展開されている。外交音痴は島国故に欠陥だと思うし、何せ米国に守られ、70年間も戦争を起こさず済んだのは、何よりもの幸福だったようにも思えるのだが。但し、今やその覇権主義を露わにしている中国にも、お暗示ような倫理が通じるかと言えば、いささか怪しげであることは流石の日本人も気が付いている。又、朝日新聞を中核とした左派あるいは共産党主義に近いジャーナリスト(有名な本多勝一「中国の旅」)が中国のプロパガンダとして利用された云々は、最近朝日が正式に取り消した吉田証言と重なり、その後のハト派系政治家に受け継がれているのは、今や常識になっている。そうした理不尽な政治家やマスゴミの行動に対し、氏はおかげさまの精神、古来から伝わる宗教への帰依を取り戻すように提案している。要は謙虚さを取り戻し、世界の平和が叶えられるように行動せよと訴えている。重いテーマだし、はいそうですか?と答えられる簡単なものではない。唯し、近くに滅びた国家があり、そしてそれに未だに苦しむ民族が居ることを知ることは大切な歴史問題への理解だと思うが如何だろうか。