2018年7月5日木曜日

歴史人とは如何に?


愛県シリーズの3話目。「県民なら知っておきたい千葉が誇る歴史人」:高梨樹氏を読んでいる。千葉県と言えば、ヤマトタケル?と結構古い。大友皇子、松虫姫、藤原黒麻呂、平高望、平将門、平忠常、和泉式部、上総広常と来て、ようやく千葉常胤に至る。となると、源頼朝が登場し、義経も銚子周辺でその足跡を残している様だ。日蓮は鴨川市の出身、里見義実は南里見八犬伝のモデルになった名君。千葉胤富が活躍するのは戦国時代となる。ここからは一気に近世に突入。本多忠勝は有名だが、宮本武蔵も登場するがやや怪しい。兎にも角にも、古い時代の証拠は古書もしくは遺跡しか手立てがないのだから止むを得ない。男色将軍という有り難くない称号の柳沢吉保、歌舞伎の市川團十郎、八百屋お七、悪家老の川合藤左ヱ門、義民の忍足佐内、そして、我が街の英雄の伊能忠敬。ちなみに彼が測量の為に歩いた距離9378キロ、延べ3397日。しかも、53~72歳の健脚。さて、千葉県と言えば、サツマイモ?その発展の士が青木昆陽、海苔で有名な近江屋甚兵衛。遠山の金さんこと遠山景元も千葉県に貢献。近代になると、開国論者であった堀田正睦(佐倉)、その意を継いで佐倉順天堂で活躍した関寛斎、非業の関宿藩家老の杉山対軒、近藤勇と土方歳三の別離が流山、最後の大名である林忠崇は92歳の波乱の生涯を送った。

氏があとがきで書いているように、千葉県にはこれぞという歴史に残る英雄は少ない様だ。むしろ、関東平野の一大農地として、その豊かな経済力を狙われ、戦国時代に紆余曲折した千葉系武士のしたたかでありながら、陰湿さを感じさせない県民性を評価している。更には江戸という大市場を視野に、自由にしょうゆや海苔、捕鯨等で商売を拡大する開放的県民性も良しとしている。何となく、千葉県に在りながら、東京デイズニーランドの命名を思い起こさせるしたたかさと明るさが、包括的千葉県民の姿なのかもしれない。東京には勝てないと言いながら、西に神奈川県に負けるモノかと頑張る東の千葉県も決して悪くないと、思ったりしている。

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