2018年7月21日土曜日

歴史とは男遍歴と仰るの


「 日本人へ 国家と歴史篇 (文春新書)」:塩野七生氏を読んでいる。この本はどちらかと言うと、氏のライフワークとも言える「ローマ人の物語」の裏側を見ることが出来るエッセーなのだが、実はこちらの方が楽しい。男だろうと、女だろうと、あるいは歴史上の英雄だろうと、氏は容赦がない。15年間書き続けた事に関しても、一言面白かったとは中々言える言葉ではない。歴史を書くのではなく、人物評価を書く。そうとも仰る。又、戦争についても冷静に受け止め、ガツンとやるしかない外科手術でもあると定義する。氏にとって、その是非よりは戦略の良し悪しという辺りが小気味よい。軍隊の要否、更に日本人がその処理に困っている第二次世界大戦についても、明瞭だ。要は敗戦したので、侵略戦争になっただけ、そしてその誹りは暫しは耐えなくてはならない事だと。そして、それ故に、あるいは憲法(米国主体で作成されたもの)故に軍隊を持ってはダメと言い切る事も、実に愚かを一刀両断する。自分の身を自分で守る決断しない国を、他のどの国が守ってあげようとするのか?とも。確かに、もっと本音で過去の戦争を語らねば、鮮明な未来は描けない気もするが、一方で当時の軍部を聖域化しようとする愚かな輩も多い中、一方的に軍隊化の流れに従うのもどうかな?とは私の考えだ。先日、読んだ堺屋氏の論評にも当時の軍隊は、明治維新以降に出来たにわか仕立てモノで日露戦争の奇跡的勝利に浮かれ、戦術無くして戦ったのだから負けたのは当然とあったと記されていた。特に兵站に関する作戦が皆無であった事と大将選定のご判断に関しては、今起きている官僚たちの不祥事事件に酷似している。組織内部指向が齎す、ご都合思考に凝り固まりがちな日本人の素養故に、軍隊自体を持つ事自体がリスクにならないかとも思ったりしている。詰まるところ、地政学上、独りぼっちであり続ける日本国故に、上手に周囲の国と付き合いながら、それでもたまには挙げるべき拳があることをチラッと見せながらも、争わず、怒らず、にこやかで平和な国造りを継続することこそが、唯一の生き残る手立てではないかと思ったりしている。

0 件のコメント:

コメントを投稿