2018年6月7日木曜日

デカダンスに憧れる日々


イラストレーターと名乗る以上、好きな画家、あるいはデザイナー等は手持ちのはず。少なくとも私はここ数十年間はクリムト(KLIMT)と称してきた。にも拘わらず、実際の絵を見たのは二十数年前のニューヨーク美術館だけかも。

逆に言えば、オーストリア在住でオーストリアルネッサンスの中心であった彼の作品がそこに集中し、且つ私自身、一昨年の初めてのオーストリア訪問だったように、不思議と縁が無かった。で、「もっと知りたいクリムト 生涯と作品」:千足伸行氏を読んでいる。氏は、クリムトをデカダンな美の画家、印象派風の風景画家、社交界の貴婦人を描く一方、危険な官能性にみちたファム・ファタルを得意としたと前置きに書く。本は1)生い立ちからデビューまで、2)黄金様式の時代、3)晩年の時代に分かれ、短い52年の生涯を紹介している。クリムトは金銀細工師の家に産まれ、その後美術工芸学校に通い、頭角を現すようになった。私が見るには、初期の時代の詳細で写実的な描写力は写真並みであるが、その後、分離主義を掲げ、伝統や権威主義、アカデミスム、マンネリズムからの分離、脱皮を図り、クリムト独自の世界観を創り上げたのだ。2章の黄金様式とは、まさに金を使った描画方法であり、ジャポニズムの影響を受けた事は明らかだ。秀吉がその豪華絢爛と絶対的・抽象的な空間を金の茶室等で表現したのに似ている。秀吉が工芸と茶室を融合させたのに対し、クリムトは絵画と工芸を融合させたのだろう。元金銀細工師の家に産まれた血がそうさせたのかもしれないが。私は何故、これほど官能的な描き続けたのか?と疑問をずっと抱いていたが、現実のクリムトは結構な性豪であり、結婚はしなかったものの、婚外子が12人も居たらしく、画題をなる美女たちには事足りぬことはなかったらしいことが伺える。又、世紀末のウィーンのもつ文化性がその背景には色濃く反映しており、クリムトのエロスとタナトスが描かれた「死と生」はそれを如実に表現したものであるように思えてくる。本には掲載されていないが、前述した美術館で見たクリムトのデッサン画は上手だし、既にエロチックな雰囲気がプンプンとするポルノ紛いのものも多い。それを芸術として昇華させるには、又、色々な工夫が必要だったとも言えるのかもしれない。

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