2018年6月21日木曜日

歴史とブログの関係


経済系ブログで小田嶋氏が徒労に近い政治批判を嘆いていたが、それでも次回の選挙に判定に役立てばと昨今起きている、あるいは法令として認可されてゆく諸事諸政に辛口評価を下している。確かに、一旦政治家になれば、数年間は安泰だし、その間に次の選挙に勝てるヒット作を皆、必死で探り続けることになるという、ある意味ではサークルを回り続ける二十日ネズミにも似ている。勝たなくては唯の人、故にポピュリズムに走り易いのは常だ。同じ事が私のブログにも当て嵌まり、グーグル系のみならず、アメバ、A8、楽天等に同様の記事を書いて、色々な考えが世の中にはあることを警鐘している訳だ。尤も、家人は至って、冷淡でそれで何が影響あるの?と来る。その通りだ。著名な小田嶋氏の言動であれば耳を傾ける見識者も多いが(彼自身もツイッターなど利用して、発信頻度アップで対応)、高々フォロアーが百人前後であるからにして、狼の遠吠えにもならないなあと最近常々感じている次第だ。それでも、偶にイイネをクリックされれば、書かない訳にはいかないのが、正直者の辛さかも。小田嶋氏も健忘録として残せば良いかな?ともご自身のブログを評価していたが、私自身も自分がその時々で起きた事と私自身がどう感じたのかや、どう考えたのかを記録に残す手段としても、これからも活用してゆきたいと思っている。その為に、一か月ごとに書籍化し、世に問う形にしているが、売り上げは微々たるもので、これも又、小田島氏とは異なる点だ。さはさておき、日々の積み上げが大きな歴史の礎になるとしたら、私の人生もその一部だ。めげず、挫けず、今日もデスクに向かっている。

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