2018年6月15日金曜日

ダイバシテイの困難さ


近況でも書いたが、親会社に新任役員が入り、主題のダイバシテイ拡大を種の業務として始めている。男女の違いは論じる気は無いが、以前の会社でその推進で実績のある女性という点がやはり頼もしい。逆に言うならば、既存の経営陣ではダイバシテイを進められないという事実に、ようやく彼らが自分自身で気が付いたという所ではないだろうか。視点の違いはどうしても生まれや育ての違い、更には環境で大きく影響される訳なので、夫唱婦随が当然視された時代に育った、今の中年以上の経営陣には中々より前向きなダイバシテイを進められない事情があるのだ。今日政治問題になった「働き方改革」も根っこは同じ。育児も家事も貴重な労働の一つだ。だが、残念ながら男社会では正規な労働力扱いを受けない為に、社会からは賃金を貰えないのだ。それ故に、ボランテイア扱いされて、不当な評価を受けているのだ。今、社会でしっかりと非正規化扱いされている労働者が安い賃金で且つ、ブラックな扱いを受けている以上に、主婦たちがワンオペと称して、更にパート等に駆り出されている現状を、誰も正視しないことこそが、やはり問題なのだ。そうした現状を踏まえた上で、初めてダイバシテイを語る資格が生まれ、前向きで建設的な改革が出来るのだと思う。但し、どこの大企業も同じ過ちを犯す。例えば、女性管理職30%以上、女性役員30%以上と目標を掲げるのは良いが、その根本がダイバシテイにより職場の活性を呼び、より創造的で生産性の高い職場を創る事が目的であることを忘れてしまうことだ。手段が目的になることは、硬直的な組織でしばしば起きるからだ。硬直的な組織を改革しようとする事の困難さは、こうした所にあるのだ。病気を治すのは、薬でも医者でもない。自己治癒能力をサポートするだけだ。ダイバシテイも其処に問題がある。自己治癒能力があるかを、私たち中年男性は問われているのだ。

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