2018年5月8日火曜日

寡作故の煌めき


寡作ゆえ、且つオランダというやや芸術の街からは離脱した無名の画家だった故に、その評価は死後となった。「もっと知りたいフェルメール」:小林頼子氏を読んでいる。尤も、どんな巨匠も生前は生活苦に苦しみ、キャンバスや絵の具さえにも苦労して、その芸術性を高めるのだから、絵とは冷酷で且つ魔力を持つモノだと、同じ絵描きとして同情を得ないのだ。今や、AIによって殆んどの仕事が淘汰され、人間らしさとは何か?芸術とは何か?を問われる時代だ。その点、フェルメールの何度も試作を重ねる技法や構図、更には画質はひょっとするとAIによって置き換わる可能性すら感じるのは、私だけだろうか。きっとその懸念はフェルメールの持つデザイン力にもあるように思える。本文中、氏が彼の歴史を振り返る時、風俗画家と称するのもそんな点にあるのかもしれない。19世紀後半に写真の登場と共に、印象派に代表される様な絵画が大きく変化する前に、フェルメールは光と構図に挑戦していたのかもしれない。この天才画家を慕う福岡博士によれば、当時の顕微鏡の発見と発達により、見えないものが見えるようになったのが、フェルメールをより活性化させたと推論している。やはり、科学とエンジニアリングがワンペアであるように、アートでデザインはも一対のモノのようにも思えてくる。さて、本文の紹介に入ると、章は1)物語作家を目指して、2)風俗作家への転身、3)成熟の時代、4)爛熟と再びの模索、がメインの項目だ。あのゴッホのように流転した訳でもなく、どちらかと言えば、比較的裕福だった家系が寡作を許容する開発環境を支え続けたせいかもしれない。独自の画風こそがフェルメールの持ち味ではあるが、逆にそれが生前中には高い評価を受けなかった理由かもしれない。文中にもあるように、キャンバスの下地には表面には出てこない地図や窓などが隠れている。油絵故の試行錯誤に対する許容の賜物ではあるが、それが又、何時までも画家の満足を満たさない魔物でもあるのだろう。知れば知るほど怖くなる。フェルメールの絵にはそんな魔力が秘められている気がする。

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