2017年6月13日火曜日

忖度という虎の威


最近、政治家と官僚の間のあ・うんの呼吸行為を忖度と呼び、問題になっている。言わば、首相に対してKYしっかりしています、みたいな行為だろう。これに似た行為が虎の威かもしれない。権力者の威勢を嵩に、威張り散らす愚か者の行為でもある。本来、官僚(言わば役人と称した方が良いかも)という者は公僕であり、前例踏襲(法律がない場合の便宜上の手段)を旨とし、許認可のゲート管理人でもある。それが、あ・うんの忖度で勝手にゲートの開け閉めを管理するならば、それはやはり不味いのだろう。往々にして、このゲートの門番は普通の人には厄介な代物で、中々抜け駆けが出来ないように、きちんと施錠されている為に、規制緩和という名の下に、結構忌み嫌われる事も多い。

先の国連調査団が現政府のマスコミへの締め付け度合いに関し、厳しい査定を行った事や、汚職度率が未だ先進国の中では高い事からも、各所でこのゲートが勝手な忖度や、あるいはあからさまな圧力によって、開け閉めされていることは、やはり悲しい事でもある。これは政治や官僚だけではない。社長の意を汲んだ社内人事の理不尽さは結局は昨今の、経営不振やM&A失敗と言った不祥事の根っこにあるものだろう。逆に言えば、上司の意をしっかり読み取らず、冷や飯を食うのもサラリーマン社会の常であり、YESマンのみが昇進スピードを加速するのは、世の常でもある。それに抗する為には、自営業などで最初から自立した職業を選ぶか、あるいは昨今流行りのJVを自ら立ち上げるしか手立てはないだろう。さはさりながら、現実のマーケットと社会を無視しては企業も人は生きてゆけないことは確かなので、それぞれの現在の状況判断は必要であり、正確且つ迅速な調査が当然必須でもある。その意味からすれば、国会答弁での忖度と言い切った、かの国の党首の言い様は俺は権力者なんだという自負と驕りが感じられるようにも見え、やや閉口したものだ。むしろ、そうしたKYを読まなかれば進まないほど、閉塞感のある規制がある事が問題であり、あるいは軽い忖度で物事が決まる法の欠陥が問題であり、その辺りにしっかいとした反省と対策が必要だと感じる。権力は腐敗する。これは過去の歴史から自明の理。いつの間にか、裸の王様になるのが権力者の常である。自省も兼ねて、訴えたい事例である。



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