2015年8月9日日曜日

2015.8.09書評

先週の評点:
「大転換――新しいエネルギー経済のかたち」(◎): レスター・R.ブラウン、 ジャネット・ラーセン、「欧米に寝たきり老人はいない - 自分で決める人生最後の医療」(〇):宮本顕二氏、「空白を満たしなさい」(-):平野 啓一郎氏、「波止場にて」(-):野中柊氏、「その愛の程度」(-):小野寺 史宜氏。
 小説群は皆、全滅。帰省に向けて、ブログやイラストや小説群の作り貯め?作業で時間が取れない。申し訳ない。
今週のお題:
「科学・技術と社会倫理」:山脇直司氏。
これは業界誌で紹介のあった、科学では答えることが出来ない課題を社会としてどう捉えてゆくを論じた本だ。このブログでも、ドイツでは科学者抜きで原発の是非を議論し、脱原発に進んだ事実を紹介したが、それに類似した取り進めだ。重いので、帰省中テーマをして良いかと紹介したい。
 さて、私は今、家族と共に帰省中で二つの実家に行かなくてはならないので、移動又移動で忙しく、自分の時間は充分には取れないでいる。
 帰省ゆえに、老両親への親孝行のはずが、中々そうもいかないのが、現実の世界だ。生活を普段から共にしない者同士がいきなり血が繋がってるからと言って、スムーズにコミュニケーションを取れるかといえば、必ずしもそうはいかない。だからこそ、普段からの連絡が欠かせないが、そう簡単ではない。金の切れ目が縁の切れ目だからと、家人は中元、歳暮、誕生日、父母の日を忘れずに、更にはバレンタインデイまで気を使っているが、結果は必ずしも思わしくない。
 高齢化社会での良好な関係構築はつくづく難しい。互いに仲良く年を取るなんて事にはならないから、せめて、自分だけは子供の世話にならないように、健康オタクを目指すのが現代人気質だろうか。何のための人生か?何のために生きているのか?やることが山ほどある若い頃に比べ、高齢の場合のBEING設定は難しいもの。そんな事を帰省の度に考えている。
 

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