2015年5月31日日曜日

2015.5.31書評


先週の評点:
「家裁調査官が見た現代の非行と家族: 司法臨床の現場から」(◎):廣井 亮一氏、「変わらないために変わり続ける マンハッタンで見つけた科学と芸術」(○):福岡伸一氏、「利休の闇」(○):加藤廣氏、「マル暴甘糟」(◎):今野 敏氏。
「家裁・・」は非行事例が山のように掲載されている。本当に非行になるかならないかは紙一重だ。事例は必ず、両親や友人が背景として書かれている。要は環境次第で人は簡単に変わるものだと痛感。福岡博士の今回のエッセーはもう一つかな。STAP細胞へのコメント、もっと突っ込んで欲しかった。「利休・・」はきっと真実を描いているのだろうが、これを小説とするかしないか。「利休に聞け」はもっと想像力を聞かせて、利休を描いていたと思う。加藤氏は天下の著名人を普通の凡人扱いにするのに使命感さえ感じる。その考え方じは同感する(誰もそれほど変わらない。周囲や社会の協力あってこその有名人なのだから)が、小説はそれに肉を付けて、面白おかしく描きあげるのが作家の手腕の様な気がする。それに比べると。今野氏のマル暴は人物が生き生きしている。それが例え、腐れヤクザやダメ刑事でも、人間臭くて楽しい。
今週の題目。
「レジリエンスとは何か: 何があっても折れないこころ、暮らし、地域、社会をつくる」:枝廣淳子氏、 「モナ・リザ・コード」:ヘイルズ,ダイアン、「永い言い訳」:西川美和氏、「僕とおじさんの朝ごはん」:桂 望実氏。
先週と同じ、配分でフィクションとノンフィクションを選択。「モナリザ・・」と「僕と・・」の事前書評は低い。う~ん。
さて、私の近況は腰痛は相変わらずで実家の母も苦しんでいるらしい。遺伝のお陰か?親の良い点は遺伝しないとはまさにこれだろう。更に口内炎で食べ物がのどに通らない。家人は睡眠不足という。少し、仕事のペースを落としていて様子見だ。それにしても、戦争ばかり遣りたい政治家が多過ぎる。是非は別として、国民の福利厚生の将来の不安を解消する事に何故、情熱を燃やす者が現れないのか?政治家たちが裕福過ぎて、一般市民の生活感を無くしたら、それこそ政治空白は当たり前の気がするのだが。









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