2014年8月18日月曜日

久しぶりの池袋ウエストゲートパークに遭う

石田衣良氏の最新作を読んでいる。彼の出世作はご存じの「池袋ウェストゲートパーク」だ。主人公はマコトこと果物屋の倅だ。氏も述べているように、新聞や雑誌から想像力を膨らませたフィクションだが、その切れ味は相変わらず凄い。流石、直木賞作家。多少、年齢と共に、優しくなったと思えない節もないが、殺伐とした現代。小説くらい救いが無いと困る。ひょっとすると、氏であれば、それを当て込んでいるのかもしれない。
この小説が好きなのは、時代の下層階級を描きながらも、夢を捨てさせない所だろう。先日書いた若い評論家とはその点が違う。批判するだけでは前に進まない。世の中、色々な事が起きる。でも、それはそれ。明るく笑顔で前に進む。そうすれば良いこともやってくる。そんな希望をこの小説は与えてくれる。少し、池井戸氏にも近い。年齢的にも。
その点、私と同世代のやはり直木賞作家の林氏の「下流の宴」は下層社会を鋭く描くが、何故か暗い。書き方が最初から、下層=負け組の捉え方なのだ。どうも、老いも若きも頭が固くて暗い。
日本で元気なのはバブル時代の直木賞作家達だけかもしれない。


今回の小説ネタは、危険ドラッグ(小説ではまだ、違法ドラッグと記載)、パチンコ(これは私が何回か取り上げている題材)、ノマド(IPADで出張先や実家でブログ書いてると、共感する部分多い)、ヘイトスピーカー(中国批判)と最近モノだ。どれもが、昔の山崎豊子氏並に、情報小説としても読めて役立つかも。それにしても、時代の動きは早いが、廃れないのは、あるいは廃らせてはならないのは、正義とか仁義とか、そんな基本的な事ではないかと小説は語る。
実は今、同時に、動物学者のエッセーをゴリラ記を読んでいる。サルとゴリラ、そして人間は同じ類人猿種。だが、その性向はかなり違う。猿は排他的だし、攻撃的だ。ゴリラはその対岸に居るらしい。さて、人間は?と言えば。
サルよりも劣るとも言われる人間。欲望を突き詰めて、使いきれないほどのお金を稼いでも、行く先は監獄か棺桶でしかない。それが分かりながらも、血の通った人間同士で喧嘩したり、争ったりして、長い年月が経つ。それを下層社会と唾棄するのも良いが、同じ人間として、如何に平和が大切かを、世界に示せることは、そんなに難しいことではないはずだ。
重ねて、強調する。小説もそして、各種のエッセーも出来れば、読み手に元気と平和を与えるべく、書き手の方は留意すべきだと思うのだが、如何だろうか。

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